第三章 聖賢への道
聖賢に成らんとする欲する志
「聖賢に成らんとする欲する志無く、古人の事跡を見、連も企て及ばぬと云ふ心ならなおひきょうば戦に臨みて逃ぐるより猶卑怯なり。朱子も白刃を見て逃ぐる者はどうもならぬと云われたり」。西郷の言葉として『遣訓』三十六項にある。
この言葉は、西郷が聖賢を目指した自分自身の覚悟を表している。遣訓集の訳では聖賢を聖人賢士(知徳の優れた人賢明な人)と訳している。西郷のいう聖賢とはどういう人のことを言っているのかがこれではわからない。西郷と同時代に生き、純粋、純正で孟子が大好きであり、聖賢を目指したともいえる吉田松陰が『講孟余話』の中で聖賢について述べている。その中で孔子は聖人とし、孟子は聖人の亜(孟子は亜聖と呼ばれ聖人に次ぐ人物)としている。
西郷も孔子や孟子のことをイメージして聖賢と言っているのではないかと思う。聖人は孔子で間違いないが(西郷は尭。舜を聖人としているのかもしれない)、賢人は孟子だけでなく孔子の弟子や朱子、韓非子、荘子、老子、そのほかの『史記』や中国の道に出てくる義の人、忠の人、礼「輸口は証蒙かもしれない。ここでは聖人は孔子と西郷の言う「聖賢に成らんと欲する志」とは、孔子、孟子のレベルの人間になろうとする志である。非常にレベルが高い。西郷は次のように説いただろう。
「人は孔・孟を目指して人間を自己を磨き高めるべきである。その志がないということや、孔・孟の事跡を見て自分には孔。孟のようにはできないと思うことは、人として情けないことである。そういうことは、戦の場に臨んで逃げるより卑怯なことである(薩摩武士の教育を受けた西郷の感覚では戦場で敵を見て逃げることは最大の恥辱で死よりも重いことであったろう)。孔子や孟子といえど同じ人間ではないか。孔・孟を超えるぐらいの気概で戦うべきである。命のひとつふたつは、くれてやるぐらいの覚悟と勇気をもって聖賢の道へ挑戦せよ」
西郷が「聖賢に成らんとする志」を、人間にとっていかに重要な志であると考えていたかが理解できる。西郷の本心は多くの人が聖賢になる志を持って欲しいのである。
人間が人として生まれ生きていく以上、人としての道を探求してほしいのである。そして人としての道を探求することを全ての志(目標、目的)の基盤に置いてほしいのである。人としての道を探求し極めた孔子や孟子をモデルとし目標としてほしいのである。
多くの人がこの志を持つことが人間の進化となり、そして人間社会の発展と新たな社会の具現化につながると西郷は信じている。人間は偉大であり、誰しも孔子や孟子になれると信じている。「聖賢に成らんと欲する志無く…」は時代を超えた西郷の強い意思を感じる言葉である。