人間の強さと大きさと高さを求めし者
西郷は『遺訓』や漢詩の中で「大丈夫」「丈夫」「英雄」という語を用いて、自身を表す言葉あるいは、目指す人間の代名詞としている。本著のタイトルを「一箇の大丈夫西郷吉之助」としたのは、西郷を通して一箇(人間ひとり)の強さや大きさや高
さ、そして偉大さを表現したいと思ったからである。
西郷の事跡をよく見ると、組織、権力・権限や郷党に頼って生きていないことが分かる。常に自分自身を強く大きくすることによってできあがる「己」という一箇の人間のみを頼み行動の基本としている。大丈夫とは一般には立派な男子ということであるが、西郷が用いる「大丈夫」とは少し違う。現代でも「だいじょうぶ」の言はよく使われている。この言葉には安心、安定、信頼といった響きがあり、現在はそういった意味で用いられる。
西郷は、人は人の道を行うものであるとし、それは正しい道でなければならず、また天地自然の道でもあると主張する。その道を極めんと志す者で、幾多の辛酸を経て人生のなんたるかを、人間のなんたるかを知り、俗世の権謀術数を凌駕する知と仁と勇をあわせ持つ道の練達者を「大丈夫」と呼んだのであろう。
西郷が用いる「大丈夫」とは、剣でいえば宮本武蔵のような剣の道を極めんとした達人であり、人の道を極めようと人間の強さと大きさと高さを求めた人間道の達人のことである。