用心
「凡そ人事を区処するには、当に先ず其の結局の処を慮って、而る後に手を下すべし。楫無きの舟は行やること勿
れ。的無きの箭は発つこと勿れ」
(『手抄言志録』九十四項)
(世間の諸事を処理するには、手をつける前に、まずその事の終局の処を予め考えてその後に手を下すべきである。舵のない船にはのってはいけない。的のない矢はなしてはいけない)
原因と結果の法則というものがある。大自然宇宙はすべてこの法則に支配されている。一見偶然と思えることも、突きつめればもろもろの原因が重なって生じた結果であり、この宇宙空間においては、人間界も含め、結果として現れた事象はすべて必然であると言われている。
二千年前、この原因と結果の法則をイエス・キリストが分かりやすく説明しようとして、原因のことを天国(因の国、想念、不可視なもの)に例えたのである。また、キリスト教の祈りのとき「父と子と聖霊の御名のもとにアーメン」という言葉がある。父は原因のことを指し、子は結果のことを指す。原因から結果という現象が生じるには、聖霊というパワー(エネルギー)が介在しなければ、結果は現れないのである。仏教で言う因果応報や天国や地獄の概念も、同様のものである。
戦争や殺人にしてもそうであるが、人間の頭の中に想念としてある状態(不可視の状態)のどんな憎しみや怒りや恨みであっても、現象に現れなければ何も問題はない。しかしながら、それがエネルギー(パワー)を得て結果として現象に現れたら、殺人であり戦争となる。人間誰しも一様に持つこのマイナスのパワーを蓄積させない方法やこれをプラスに変える方法を必死で人類に教えようとしたのが、イエス・キリストであり釈迦であった。
西郷もこのマイナスの根源がどこにあるかを考えた。それを我欲にあるとした。
「己れを愛することは善からぬことの第一也なり」だ。このマイナスのパワーの結果としての現象を生じさせないためには、己に克つことであり、我欲を少なくすることであると説く。人間という動物は自分が一番大切であり、かわいいと思うものである。多種多様な
個性と強烈な自己愛がある意味、人間をここまで発展させてもきた。一方、憎しみや争いを生む原因になっているのも事実である。何とかプラスのエネルギーに転じられないか、自分を愛するように他人を愛することができないかと西郷が思い至ったのが「敬天愛人」の思想であろう。天の存在を考え、親が我が子を兄弟姉妹の区別をしないように、天という万物の創造主は我・彼を区別するものでないという論理で「天は人も我も同一に愛し給ふゆえ、我を愛する心を以て人を愛する也」という結論を得たのである。
しかしながら、キリストや釈迦や西郷の我・彼の区別をしない論理は、価値観の多様化が進む現代では素直に受け入れられにくいもののようにも思える。個とその集合体である「全体」のかかわりを考える新たな思想や社会の仕組みが必要かもしれない。これはわれわれに与えられた課題だろう。さて、西郷は原因と結果の法則を知って、生み出したい結果を想定してその原因づくりをせよとも述べている。それが次の『遺訓』の文章である。「事の上にて、機会といふべきもの二つあり。僥倖の機会あり、又設け起す機会あり。大丈夫僥倖を頼むべからず、大事に臨みては是非機会は引起さずばあるべからず。英雄のなしたる事を見るべし、設け起したる機会は、跡より見る時は僥倖のやうに見ゆ、気を付くべき所なり」(『遺訓』問答六項)
(物事の上で、機会というべきものが二つある。まぐれあたりの機会と、こちらからしかけた機会である。大丈夫たるもの、決してまぐれあたりの幸いを頼んではならない。大事に臨んでは、ぜひ機会というものを引きおこさねばならない。英雄といわれる者のなしたことをよく見るがよい。自分で引きおこした機会というものは、後から見るとまぐれあたりの幸いのようにみえる。これは気をつけねばならないことだ)日本の戦国時代でも、当てにならない援軍を当てにしたり、自軍に都合のよい解釈をしたりして自滅する武将も多かった。そんな中で機会はつくるべきものであるとし、偶然は当てにしない考え方で、勝つべくして勝つという必然の論理を持っていたのは織田信長ぐらいである。西郷から学ぶべきものは、結果を想定して行動すべきであるということと、もう一つは機会は自分で引き起こさなければならないということである。