西郷党BLOG

道義国家を目指した 西郷吉之助 3p030-第三章_04

道義国家を目指した西郷吉之助

第三章  道義国家

4 民主主義と大衆と代議員制

民主主義は人間社会において大いに結構であるが、現行の民主主義では公平さを欠いている。自由や権利の行使が利己主義にもとづき、わがまま身勝手になってしまっている。子供のわがままや身勝手な行為は親が注意したりたしなめたりすることができるが、大人に対しては法の規制や警察官ら公務員が親に似た役割をしている。子供は正しく矯正しやすいが、大人の矯正はできない。成人した個々人は様々な自我と自己主張を持つ人間同士の中で生きなければならない。自由競争社会であり、自由経済であり、貧富や格差も自由となり、個人間の自己主張のぶつかり合いは訴訟で解決しようとする。

権力を人民が行使するという建前の民主主義であるが、一人ひとりが持つ権力自体が千差万別であり不平等になっている。ただ選挙時に一票を投じるという権力だけは万人に平等となっている。現代社会は物質文明の発達に伴って人間のエゴも膨張し、自我の拡大と自己主張の増大を引き起こす。多くの人は己を律することを忘れ、我欲に身をまかせたままでいる。人々は一般大衆と称されそれに安住し、人としての成長や自己拡大を望もうとしない。主権在民という一人ひとりが持ちなれない権力を持っているが、持ちなれないため使い方と効力を知らずに政治家に終生預けたままでいる。民主主義国家では国民一人ひとりが有する主権を代議員に代行してもらう。この代議員制で民主主義国家は運営されているが、ややもすると代行人が自身の意志によって、預かった主権を行使しがちになる。自由と民主主義を守るためと称する戦争は民主主義国家で何度も行われている。

国民の我欲の増大をほしいままにさせ、自国の主義主張を他国におしつける。アメリカのアフガニスタン侵攻やイラク戦争はこの例に近いであろう。国民の自制のなさは国家の自制のなさに連動している。自由主義、資本主義、貨幣経済における現代の民主主義は、国家と個人において利己主義を増大させる結果を招いている。民主主義が健全な発展を遂げ真の民主主義に進化するためには、己を律し利他の思想をはぐくみ人として成長することが必要不可欠である。このことに価値があるという風潮をつくるべきである。

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