第一章 仕末に困る人
志を得れば民とこれに自り、志を得ざれば独りその道を行ふ
この言葉は西郷の出処進退を表している。明治政府になってもこのスタンスでいたので、「西郷は何を考えているんだ」と周りに理解されなかった。西郷の経歴を見ればわかることである。西郷が藩主斉彬の秘書官として政治の表舞台で活躍したのは、西郷が出世したいとか、有名になりたいとか思い願ってのことでは全くない。
たまたま斉彬に見い出された結果である。奄美大島と沖永良部島に流され召還されたことも、自ら望んでできるわけもなく大久保ら誠忠組の面々が西郷を必要としたためであろうが、必要とさせたのは時代の情勢や流れや気運というものであった。
自分の出処進退は自分自身で、あれこれなるものではない。権力や官位や金や名誉のために出処進退の基準を置くのではなく、国民(民、民衆)の求めに応じて行動することである。国民が自分を必要としたら、国民と一緒に国民のための仕事をすればよいのである。国民に必要とされなければ、一国民として自分自身を磨くため聖賢の道を独りひたすら行うだけである。
現代の世界や日本の政治家で西郷のような人がいるだろうか。いない、だから西郷は一般には理解されにくいのである。