西郷党BLOG

道義国家を目指した 西郷吉之助 3p048-第五章_03

道義国家を目指した西郷吉之助

第五章  四海同胞

3 個の人間としての独立

日本では暴動や略奪がない。東日本大震災と福島第一原発事故の時も暴動や略奪は起こらなかった。以前アメリカでは大型ハリケーンがフロリダに上陸したとき、無人になった町では略奪が発生した。現在、ウクライナ紛争での暴動、西沙諸島の領有権をめぐり中国に抗議するベトナムでの暴動、そしてブラジルでのワールドカップを目前にした反政府の暴動がニュースになっている。このほかにも世界では大小さまざまな紛争が起こり暴動や略奪が繰り返されている。中国では日常的に抗議デモが各地で起こっているという。

数年前、尖閣諸島問題を引き金に反日デモが暴走化し中国各地の日本企業が破壊されたのは記憶に新しい。孔子や孟子の聖賢の国といわれた中国である。日本の国家形成は中国の思想や哲学によるところが大きかった。西郷も青年時代は朱子の『近思録』を研究し、思想形成に役立てた。また孔子と孟子を尊敬し終生彼らを目指して修業している。そのほかの中国の思想家や哲学者の研究も幅広く行い、自身の人間形成と成長に多大な影響を及ぼしている。西郷の「敬天愛人」の思想も、孔子や孟子の思想や哲学がベースとなって生み出されたものと言える。偉大な孔子や孟子の思想と哲学は国家にとって貴重な財産である。現在の中国は自国民の多くに普及すべきである。そうすることで真の大国になるであろう。

日本では街中の至る所に自動販売機が置かれている。それが外国人には驚きだという。外国では街中に二十四時間置いていたら、破壊されたり商品や現金が盗られたりしてしまうという。日本人は幼い時から家庭教育や学校教育で道徳心や自制心が自然と身についているからだろうか。日本は政治家ら指導者のレベルは低いが、国民のレベルは諸外国に比べて高いといわれている。私も世界で国民のレベルが総合的に一番高いのは日本人であると思う。そういう面では日本人であることに自覚と自信を持ち、日本の文化、日本人の道徳観や精神を世界に広めるべきである。

しかしながら、この十年近く日本人の持つ道徳意識や自立心、自制心といった意識が低下してきている。それはネット環境が進化し、手軽にさまざまな情報が入手できるようになったことが影響していると思う。情報過多に陥り自分の頭を使い主体的に考えることが難しくなっているためではないだろうか。中国との領有権問題をめぐるベトナムの暴動も、中国における反日暴動も、ネットを通じたデモへの呼びかけがきっかけになったという。日本でもネトウヨ(ネット上での右翼)などの言葉があり、仮想世界の中で一定の勢力になっているという。

日々多種多様な情報が体の中を出入りしている。それが日常であり、情報に人が動かされやすい環境になっている。人が行動を起こすとき、まず目的に合った情報を収集することは正しいことである。その情報を取捨選択・分析し自分自身の頭脳で判断・決断して行動に移さなければならない。情報は正しい行動を起こすためのあくまでも判断材料である。しかしながら今日のように情報が溢れるようにあって簡単に利用することができるなら、真偽や善悪の定かでない情報によって、感情や我欲を刺激され振り回されるだけになっていないだろうか。

情報はいわば従者であり主人ではない。いつの間にか従者であるはずの情報が主体であるはずの己を従者のごとく動かしてはいないだろうか。これは、己というしっかりとした主体を持たなければ誰にでも起こりやすい現象である。我欲や感情の赴くままに表層的な情報を次から次に取り込み、その情報の波に思考を漂わせているため、ついには自分の存在そのものが情報の波まかせになってしまう。そして多くの人々は大衆や民衆と称されることに安住し情報操作されて煽動されやすい状態にあると言ってよい。
自分の頭で思考する。他人の頭脳は当てにしない。自分自身の目で確かめる。さらに行動を起こすときは、何事も自分自身の持つ判断基準に従う。このようであれば自分という個が独立した存在であると言える。自分という個を独立させることは生きていく上で重要なことである。それによって生きる目的をも探求できるようになるからである。そして、四海同胞の意味も、感情でなく理性によって理解されるのでなければ、四海同胞という環境は永遠に来ないだろう。

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