道を行う者
人が行うべき正しい道を行う。それはどういう意味か。ものを創造する力と自由意志をもつ人間において、天地自然の道を行うことである。道は天地自然のものであり、人はこれを行うもの。天地自然の中にあって人の道を行うこと、それが天地自然の道を行うことであり、天地自然と一体になることであると西郷は説く。自由意志を持つ人間は成長するに従い、さまざまな欲望が膨らみ、我欲をたくましくしていく。そのような人間が我欲に克つことによってはじめて、人となっていくのである。本来人が人であるためには、この道は誰しも行わなければならないはずだ。
しかしながら、多くの人はこの道があることを忘れ、目の前の安楽困難に一喜一憂する。あえてこの道を知ろうとはせず自己保身に汲汲としている。西郷は世間一般の人がよりどころとするものに頼ることはしなかった。人はさまざまなものに寄りすがって生きている。お金であったり、財産であったり、地位や門閥や名誉であったりする。組織、権力、権限、一族、郷党、家族、宗教などいろいろなものを寄りどころにしようとする。西郷は「人は天と地の間にあって己自身の個を強く大きくせよ。そしてその個に人の道を行わせよ。そうすれば、人が寄りどころとするところを寄りどころとしなくて済み、人が当てにすることを当てにしなくて済む。己の個の強さのみをたのみ、そしてひたすら自身の個を大きく高くせよ」と呼びかける。こういう生き方ができないものであろうか。
また、西郷は「道を行うには尊卑貴賤の差別無し、道は天地自然の物なければ西洋といえども決して別無し、そして道を踏むには上手下手も無く出来ざる人もなし」と述べる。人の道は、西洋人であろうと東洋人であろうと変わらない。白人、黒人、黄色人など人種や国籍を問わず、人が人であるための道である。宗教や思想の上位にある。これが西郷の考えである。西郷が道義や正道として人の道を唱えるのは、人の道を行わせることや、それができる環境をつくることこそが、国家や政府の役割であると見なすからだ。『遺訓』には「一箇の大丈夫 西郷吉之助」が幕末動乱の中で倒幕を果たし、明治国家を成立させ、そして西南戦争で死ぬまで、いかに道を行う者であったかが表れている。また、天地を覆うような人物の大きさや人間に対する大いなる愛情が伝わってくる。
国家や社会において人の道が行われていなければ、道を行う者はこれを看過できないのである。あまりにもひどければ、これを正さなければならない。真に「道を行う」とはこういうことでもある。道を行うことは「事の成否身の死生などに少しも関係せぬもの」と西郷は主張する。まるでキリスト教の殉教者の言葉のようだ。西郷自ら創った私学校にかかげた学校網領の中に「道義においては一身を顧みず必ず踏み行うべきこと」という一文がある。まさしく道を行う者と同一である。西郷が書いた、この檄文のような網領を見ると、西南戦争も起こるべくして起きたものと思えてくる。日々この網領に接している私学校の若者が「一同の義を立つべき事」とい
つ立ち上がっても不思議ではない。
そういった意味では、この網領は、道を行うにおいて若くまだ成熟していない私学校の若者には、少し刺激が強すぎたのかもしれない。西郷のように聖賢の道を志し、道を行う者として生涯を貫こうと覚悟して鍛錬してきたわけではない。しかし、事の次第はどうであれ、血気盛んな私学校の青年たちが事を起こした以上、西郷は「事の成否身の死生などに少しも関係なく」道を行う者としてなすべき行動(私学校の生徒に西郷自身の命を預けたこと)をした。