西郷党BLOG

おわりに 西郷吉之助 p057

一箇の大丈夫西郷吉之助

 おわりに

西郷が閉じ込められていた「囲い牢」をぜひとも見たいと思い、平成二十二年五月十二日、沖縄本島北部の本部港から船で沖永良部島に行きました。五時間の船旅でしたが、私にとっては実に五十四年ぶりの沖永良部・和泊でした。奄美諸島が昭和二十八年十二月二十五日に米国の施政権下から日本に復帰したとき、私の父は琉球税関から日本政府の長崎税関・和泊税関出張所長に転勤したのです。それにより私も昭和三十年十月五日まで和泊に住んでいました。

和泊町中央公民館の武吉治氏にご面倒をかけ、復元された「囲い牢」に案内していただきました。操担勁の屋敷跡に建てられた公民館から徒歩二、三分のところです。すぐそこは海という河口に面した高さ四、五メートルの岸の縁に「囲い牢」はありました。約二十五センチ四方に区切られた格子が四方を囲い、茅葺きの屋根と床があるだけであり、文字どおりの野ざらし吹きさらしの「囲い牢」でした。まさしく家畜小屋や動物の檻といってもよく、二、三日ならまだしも一八六二年(文久二年)当時の環境のもと、この牢からいつ出られるともわからない生活は、人間の尊厳などいっぺんにふき飛ばし、狂人になるか牢死するかのいずれかであろうと思いました。

牢の中は思ったよりも狭く、三畳程度の広さです。板で区切られた便所があり、火鉢が置いてありました。そして、平成三年に制作されたという青銅製の座像がありました。等身大の西郷です。この薄緑色の像は頬骨が出て眼窩がくぼみ、髭も伸び痩せています。しかし、海に向かって坐禅を組み、背筋のぴんと伸びた姿には牢獄にあってなお志気が天を貫ぬかんとする気高ささえ感じました。お願いして「囲い牢」の中に入らせていただきました。中から外を見ると、本当に雨や風をさえぎるものは何もありません。出られないように格子で仕切ってあるだけで、全く自然界に裸でいるようなものです。

牢の外には案内板があり、「敬天愛人 発祥の地」記念碑も立っていました。まさに天と地の間に坐して大自然にわが身をさらし、己という人間が何を考え、何を思うのか。自然界の厳峻さと人間の肉体と心。ここでは風があれば、少しの雨でも牢の内まで入り込み、大雨や台風でも来ようものなら、全く外と同じ状態になり、眠ることなどできなかったでしょう。天が西郷の志を試そうと「囲い牢」の試練を与えたのでしょうか。奄美大島龍郷の西郷南洲翁謫居跡の碑石には勝海舟が書いた次の碑文があります。

「天の此人に大任をくださむとするや、先づ其しん志をくるしめ其身を空乏すと、まことなる哉此言、唯友人西郷氏に於て之を見る、今年君の謫居せられし旧所に碑石を設くるの拳あり、島民我が一言を需む、我卒然としてこれを誌し以てこれに応す  明治二十九年晩夏 勝安芳」

沖永良部に来て「囲い牢」を見てそして中に入ると、なるほど幕末明治維新のほかの英傑と西郷が大きく違うのはここにあるのだと納得できるのです。沖永良部島から帰った後の西郷が、ほかの人には別種の人間のように見え、現在においてもなお分かりにくい存在となっていることがうなずけます。今回、西郷と会って西郷を見る目を持っていた勝海舟の言葉と『遺訓』と『南洲翁手抄言志録』をもとに西郷を表現しました。西郷は間違いなく一人ひとりの人間が強くたくましく大きくなってほしいと願っています。そして、よりよき人生を歩んでほしいと願っています。それは「囲い牢」を見て改めて思うことです。

最後に、突然訪問したにもかかわらず、和泊町中央公民館の武吉治氏には大変お世話いただき、本当にありがとうございました。前作同様、編集の労をとっていただいた沖縄自分史センター㈱の高橋哲朗氏に感謝します。
  平成二十二年五月十四日
早川 幹夫 

囲い牢の外観

正面から見た囲い牢

囲い牢の中の西郷像

敬天愛人の碑

  参考文献抄
『西郷南洲先生遺訓』(財団法人西郷南洲顕彰会発行・昭和五十一年)
『西郷南洲遺訓』(山田済斎編 岩波書店刊・昭和十四年)
『西郷隆盛』(海音寺潮五郎著 朝日新聞社刊・平成十九年)
『大西郷全集 第三巻』(大西郷全集刊行会 平凡社・昭和二年)
『奄美大島と大西郷』(昇曙夢著 新人物往来社刊・昭和五十二年)
『西郷隆盛』(山口宗之著 明徳出版社刊・平成五年)
『言志録』(佐藤一斎著 川上正光全訳注 講談社刊・平成十五年)
『氷川清話』(勝海舟著 勝部真長編 角川学芸出版刊・平成二十年)
『講孟箚記』(吉田松陰著 近藤啓吾全訳注 講談社刊・平成八年)
※本文中の『遺訓』の訳は、財団法人西郷南洲顕彰会発刊の『西郷南洲
先生遺訓』(口語訳付)からの引用である。

●著者紹介
早川 幹夫(はやかわ・みきお)
昭和23年5月15日、鹿児島県奄美市名瀬生まれ。
長崎東高校卒、拓殖大学卒。琉球大学で文部事務官として9年6カ月勤務。
退職後、事業を始め、現在人材派遣会社を経営。著書に『仕末に困る人 
西郷吉之助』『道義国家を目指した 西郷吉之助』などがある。
一箇の大丈夫 西郷吉之助
2017 年12 月18 日 初版第1 刷発行
発 行 人 早川 幹夫
発 行 所 道義主義の会
〒105-0004
東京都港区新橋2-20-15 新橋駅前ビル1 号館405 号
発 売 所 株式会社出版文化社
〈東京本部〉
〒101-0051
東京都千代田区神田神保町2-20-2 ワカヤギビル2階
TEL:03-3264-8811(代) FAX:03-3264-8832
〈大阪本部〉
〒541-0056
大阪府大阪市中央区久太郎町3-4-30 船場グランドビル8階
TEL:06-4704-4700(代) FAX:06-4704-4707
〈名古屋支社〉
〒454-0011
愛知県名古屋市中川区山王2-6-18 リバーサイドステージ山王2階
TEL:052-990-9090(代) FAX:052-324-0660
〈受注センター〉
TEL:03-3264-8825 FAX:03-3239-2565
E-mail:book@shuppanbunka.com
印刷・製本 株式会社 シナノパブリッシングプレス
©Mikio Hayakawa 2017 Printed in Japan
ISBN978-4-88338-633-8 C0095
乱丁・落丁はお取り替えいたします。出版文化社受注センターにご連絡ください。
本書の無断複製・転載を禁じます。許諾については、出版文化社東京本部まで
お問い合わせください。
定価はカバーに表示してあります。
出版文化社の会社概要および出版目録はウェブサイトで公開しております。
また書籍の注文も承っております。→ http://www.shuppanbunka.com/
郵便振替番号 00150-7-353651

PAGE TOP