西郷党BLOG

仕末に困る人 西郷吉之助 2p059-第六章_06

仕末に困る人西郷吉之助

第六章 這韓使節論

自ら愛するを以て敗るるぞ

「総じて人は己れに克つを以て成り、自ら愛するを以て敗るるぞ。能く古今の人物を見よ。事業を創起する人其事大抵十に七八迄は能く成し得れ共、残り二つを終る迄自ら愛するを以て敗るるぞ成し得る人の希れなるは、始は能く己れを慎み事をも敬する故、功も立ち名も顕るるなり。功立ち名も顕るるに随ひ、いつしか自ら愛する心起り、恐燿戒慎の意弛み、嬌治の気漸く長じ、其成し得たる事業を負み、荀も我が事を仕遂げんとてまづき仕事に陥いり、終に敗るるものにて、皆自ら招く也。故に己れに克ちて、暗ず聞かぎる所に戒慎するもの也」『遺訓』二十一項)

(すべて人間は己に克つことによって成功し、己を愛することによって失敗するものだ。よく昔からの歴史上の人物をみるがよい。事業を始める人が、その事業の七、八割まではたいていよくできるが、残りの二、三割を終わりまで成し遂げる人の少ないのは、はじめはよく己をつつしんで事を慎重にするから成功もし、名も現れてくる。ところが、成功して有名になるに従っていつのまにか自分を愛する心が起こり、長れ慎むという精神がゆるんで、おごりたかぶる気分が多くなり、そのなし得た仕事をたのんで何でもできるという過信のもとにまずい仕事をするようになり、ついに失敗するものである。これらはすべて自分が招いた結果である。だから、常に自分にうち克って、人が見ていないときも聞いていないときも自分を慎み戒めることが大事なことだ)これは『遺訓』にある西郷の言葉である。高杉晋作は「史伝に列する英雄豪傑は死をもって皆、度外に置く」と言い、自らは生命を軽ずる気塊をもって行動した。命を捨てるという覚悟にまさるとも劣らずできないのが己を愛さないということである。
人間である以上は自分が大切であり、かわいい。己を愛さないというのは、毎日毎日一分一秒の我欲との戦いである。死ぬまで止むことはない。歴史上の人物といえどもこの戦いに勝ち続ける人間は少ない。豊臣秀吉の晩年は見苦しく憐れでさえある。秀吉といえど十のうち残り二つを仕上げることは難しいことであった。「自ら愛するを以て敗るるぞ」。西郷が大久保に言っているようである。

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